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ひょうご☆ふるさと~風だより。

グルメもファッションも山も海も豊かな兵庫・神戸の魅力を、里山から毎日発信します。ようこそ神戸へ!

神戸の産業振興と経済活性化に40年以上尽くした経験を活かし、
里山歩樹が兵庫の里山から元気に発信します。
兵庫いいとこ何度もおいで♪

【日常通信】―子供の頃の記憶―昭和の思い出

今日は少し寒さが緩みました。

 

このところの寒さをようやく峠を越したようです。春のような明る

い陽光が差し来ます。外を見ると強い日差しが庭の木々の葉っぱに

当たり、葉がピカピカと光っています。上を見れば青い空が広がっ

ています。快晴の良い天気です。

 

空気は澄んでいます。しかし、強い風が吹いています。絶好の洗濯

日和です。家内は早速、二階のベランダに布団を干しています。わ

が家の裏の家から、子犬が激しく吠えるのが聞こえて来ます。何か

を訴えてように聞こえます。

 

今年も、いつの間にか二カ月が過ぎました。光陰矢の如し、と言い

ますが、月日が流れるのは、本当に早いですね。何もしないのに時

間だけがどんどん過ぎていきます。何か物寂しく感じます。あさっ

てからは3月です。少しずつ春が進んで暖かくなるといいですが、

3月になってから、寒波が戻ってきて、雪が降ることもありますの

で、まだまだ気は許せません。焦らずに、ゆっくり待ちましょう。

春はもうそこまでやってきています。

 

今日は、子供の頃の思い出を書きます。私の子供の頃と言うのは昭

和20年、30年代です。日本が高度成長時代に入る前でした。電

化製品という物が何もない時代でした。私の記憶に鮮明に残ってい

るのは、家の中に土間があって大きなかまどがあった事です。かま

どで薪を焚いてご飯を炊いたり、お湯を沸かしたりしていました。

電気は通じていましたが、土間に一つ、裸電球がついているだけで

した。

 

かまどの横に風呂場がありました。風呂は五右衛門風呂でした。水

道が家に来るようになったのは、だいぶ後からでした。それまでは

自宅に井戸を掘って水をくみ上げていました。井戸も初めは手動の

ポンプで水をくみ上げていました、ポンプで水を汲みたり、家に運

ぶのをよく手伝いました。水を汲んだり、運んだりするのは子供に

は重労働でした。風呂には何回も運ぶ必要がありました。

 

水道が家に来た時は嬉しかったですね。祖母と母が便利になったと

喜んでいました。家の中で自由に水が使えるなんて夢のようでした。

当時は家に風呂がない家庭も多かったように思います。わが家では

毎日、内風呂に入ることが出来ました。私は五右衛門風呂に入るの

が好きでした。

 

風呂も初めの頃は水道が使えなかったので、バケツに水を入れてお

いてお湯の温度を調整しました。お湯の温度が下がると窓を開けて、

追い炊きをしてくれように頼みました。風呂場には裸電球が一つつ

いていますが薄暗かった記憶があります。その頃の暖房機器と言っ

ても炭火だけでした。堀こたつに入って寒い冬を過ごしました。夜

は湯たんぽを入れていました。家によってはストーブがありました

が、薪か石炭で火をつけていました。

 

洗濯も祖母と母がたらいに水を入れて洗濯板を使って毎日洗濯をし

ていました。寒い冬は手を真っ赤にして洗濯していた姿を覚えてい

ます。洗濯機が我が家に来たのは、随分と後の事です。その頃の洗

濯機には手動のローラーがついていました。そのローラーで洗濯物

を絞って乾かしました。そのローラーを回すのは私の仕事でした。

 

今の全自動の洗濯機に比べるとお粗末な洗濯機ですがその当時は、

祖母と母にとっては重労働の洗濯から解放してくれる画期的な製品

でした。母にとっては夢のような機械でした。私はローラーで洗濯

物を絞るのを楽しんでいました。

 

当時は、冷蔵庫も氷を入れて冷やしていました。今考えると電化製

品は何もありませんでした。それが当たり前でしたので、特に不便

を感じませんでした。今ではとても生活出来ませんね。昔の人は辛

抱強かったと思いますね。その時期から、電気炊飯器、電気冷蔵庫、

テレビなどの電化製品が次々に出てきました。

 

その当時は、日本の社会は全体的にまだまだ、貧しかった時代でし

たが、毎年、社会が便利になっていくようなワクワクした気分が社

会全体に漂っていたように思います。これからもっとよくなるよう

な期待がありました。夢のある楽しい時代であったように思います。

あの頃に夢のように思ってことが、今の時代にほとんど実現してい

ます。だけど、子どもの頃のようなワクワク感や幸福感がないのは

どうしてでしょうね。

 

不思議です。

人はあまり便利に慣れ過ぎるとありがたみを感じなくなるようです

ね。

 

2016.2.27. 里山 歩樹