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ひょうご☆ふるさと~風だより。

グルメもファッションも山も海も豊かな兵庫・神戸の魅力を、里山から毎日発信します。ようこそ神戸へ!

神戸の産業振興と経済活性化に40年以上尽くした経験を活かし、
里山歩樹が兵庫の里山から元気に発信します。
兵庫いいとこ何度もおいで♪

【日常通信】-サイダーの思い出

今日は、朝から曇り空の天気になりました。

 

厚い雲が空を覆って、太陽の光を遮っています。日差しが差してこ

ないので、いつのよりは暑さは控えめになりました。昨日までのう

だるような猛暑に比べると、今日は少し楽です。光が差してこない

ので、昼間でも薄暗くて、気が滅入ります。風がほとんどありませ

ん。窓を開けても風は全く入ってきません。今

 

日の朝、雨戸を開けて庭の方を見ると、家内が植木鉢に植えてくれ

アサガオに沢山の花が咲いていました。薄紫や赤に花が咲いてい

ます。よく見るとつぼみも沢山蔓についています。蔓は吊るした紐

に巻き付いて二階近くまで伸びています。そのうちにアサガオの花

の上の方に上がって行くでしょう。もう少しするとアサガオの花の

カーテンができると思うと楽しみです。

 

今日はリハビリがないので、自主リハビリで家の中を歩いて運動を

しました。歩きながら外の景色を見ると庭の隅に植えたアジサイ

花が綺麗なブルーに変わっています。空を見上げれば灰色の雲が広

がっています。雨が降りそうな空模様です。

 

天気予報では夕方に雨が降る確率が高いと書いてあります。このと

ころ、真夏日が続いてきたので、そろそろ雨が欲しいところですね。

庭の草木を雨が恋しいでしょう。一雨降ると少し気温も下がって過

ごしやすくなると思います。アサガオも喜ぶでしょう。

 

今日も日中は新聞を読んで過ごしました、ロシアのドービング問題

が大変な事になっています。メダル至上主義の弊害ですね。スポー

ツは本来個人や団体の力を競う物なのに、国ごとのメダルの数を競

うようになってきました。もう一度、原点に戻って在り方を考える

 

時が来たように思います。このままではオリンピックは開催する意

義がなくなります。大変な費用をかけて開催する意味がありません。

日本は大丈夫でしょうね。

 

ところで暑くなると、つい、冷たい飲み物が欲しくなりますね。今

では、自動販売機で選ぶのに困る程色々な飲み物があります。便利

な世の中になりました。私が子供の頃は冷たい飲み物と言えばラム

ネかサイダーしかありませんでした。場所によっては、ミカンスイ

も売っていましたがあまり美味しいとは感じませんでした。やはり、

暑い夏の飲み物と言えばラムネとサイダーでした。

 

私はサイダーが一番好きでした。私が子供の頃は、サイダーは高価

な飲み物でした。ラムネが一般的でした。私はラムネの瓶に入って

いるビー玉が欲しくていろいろ試しましたが駄目でした。瓶の中に

どうしてビー玉を入れたのか不思議でした。今でもよくわかりませ

ん。夏祭りやお祭りに行ったときは必ずラムネを飲みました。

 

サイダーと言えば三ツ矢サイダーを思い出します。私が生まれた川

西の平野地域は三ツ矢サイダー発祥の地です。私が子供の時に住ん

でいた家のすぐ近くに三ツ矢サイダーの工場がありました。平野地

区は、昔は湯の町と言われて、温泉が出ました。その関係でサイダー

の原料となる源泉が出ました。三ツ矢サイダーの大きな工場があり

ました。

 

工場には赤い三ツ矢のマークがついた高い塔が立っていました。村

の多くの人が工場で働いていました。広い敷地に長い工場が並んで

いました。工場は誰でも入っていくことが出来ました。私は、叔父

が工場で働いていたので,昼の弁当を届けによく工場に行きました。

工場の中に入ると大きな歯車の機械が音を立てながら回っていまし

た。あまりに大きな歯車に驚きました。

 

工場に行くと叔父が工場から出荷する前のサイダーを飲ませてくれ

ました。美味しいのに感激しました。サイダーの素になる源泉も飲

ませてくれました。源泉は誰でも飲む事が出来ました。村の人は、

源泉は胃腸に良いといってよく大きな瓶に入れても持って帰ってい

ました。私もよく源泉を家に持って帰っていました。源泉は炭酸ガ

スが入っていて、独特の味がしました。

 

工場の奥に一段高い敷地がありました。そこでは、皇室に納めるサ

イダーが特別に生産されていました。一般の人は入れない特別の建

物がありました。今でもその建物は保存されています。その近くに

三ツ矢サイダー発祥の碑が立ててあります。周りは森になってい

ます。私は虫を採りによく行きました。今では一般の人が見学でき

るように整備されています。

 

三ツ矢サイダーは村で唯一ある工場で村人の誇りでした。村の人は、

皆、三ツ矢サイダーが好きでした。ビールは三ツ矢サイダーの親会

社のアサヒビールを飲んでいました。子供の頃はサイダーと言えば

三ツ矢サイダーの事でした。今でもスーパーで三ツ矢サイダーを見

ると子供の時に平野の工場に行ったことを思い出します。工場で飲

んだ三ツ矢サイダーの味は最高でした。懐かしい思い出です。

 

源泉の味も懐かしく思いだします。赤い三ツ矢のマークの塔を思い

出しますね。村の誇りでした。今でもサイダーと言えば三ツ矢サイ

ダーしか思い浮かびません。この歳になっても、夏の飲み物と言え

三ツ矢サイダーを自然と思い出します。

 

母はカルピスのサイダー割りが大好きでした。

カルピスのサイダー割りを美味しそうに飲んでいた母の姿を思い出

します。

 

 

2016.7.25. 里山 歩樹