ひょうご☆ふるさと~風だより。

グルメもファッションも山も海も豊かな兵庫・神戸の魅力を、里山から毎日発信します。ようこそ神戸へ!

神戸の産業振興と経済活性化に40年以上尽くした経験を活かし、
里山歩樹が兵庫の里山から元気に発信します。
兵庫いいとこ何度もおいで♪

【神戸通信】ー「神戸のソース文化」

神戸は食都と言われるようにおいしい食べ物が多い街です。

神戸ビーフなどの有名なものもありますが、神戸は神戸港開港により外国人が住んでいましたので、神戸の街はいろいろな外国の料理店がたくさんあります。

 

神戸でも特に多いのは中華料理店ですね。神戸には中国人の方がたくさん暮らしていますので、中華料理店がたくさんあります。

 

北京料理広東料理など中国料理でもいろいろな中華料理を楽しむことができます。南京町もあって、おいしい中華料理を食べることができます。

 

神戸の食文化でいえば、ソースがありますね。神戸は長田区を中心にこなもん料理店がたくさんあります。焼きそば、お好み焼きなどいろいろなこなもんがあります。

 

長田区では全国のこなもん料理を集めて、こなもんサミットを開催したりしています。そのこなもん料理を裏側で支えているのがソースです。

 

神戸にはソース会社がたくさんありますが、その中でも有名なのはオリバーソースですね。オリバーソースは以前は長田区にありましたが、大震災で工場がつぶれたため、今はポートアイランドに本社と工場を移しています。

 

神戸のソースにはいろいろな種類があります。ウスターソースはもちろんのこと、焼きそばに使うソース、お好み焼きに使うソースなどいろいろなソースがあります。

 

私はソースが好きで、カレーはもちろんいろいろな料理にウスターソースをつけて食べています。オリバーソースで有名なのは、どろソースですね。どろソースを使うと、お好み焼きも一段とおいしくなります。

 

オリバーソースの道満社長は、私と同じ大学出身で、音楽が特に好きな社長です。聞くと関西をはじめ神戸にはいろいろなソースがあるので、東京からやってきた人は、どのソースを使うか悩むようですね。

 

私は長田のB級グルメ、ソバメシが好きで、よく食べに行きましたが、そのときに使う店特性のソースの味はどこに行っても絶品ですね。

今でも、その時のソースの味を思い出します。

 

神戸のソースはおいしいですから、皆様も一度、神戸のソースをご賞味ください。

 

 

2021.4.14.(水曜日)午前7時20分

里山 歩樹(藪野 正昭)

 

【日常通信】ー「ゴルフの話」

今日は、新聞を読んでも、テレビ、ラジオを聞いてもゴルフのマスターズの話ばかりです。

日本人ではじめて松山選手が4大ゴルフ大会のマスターズで優勝したと聞いてから、日本では大騒ぎです。

 

私はゴルフのことをよくわかりませんが、ともかくメジャー大会で日本人が優勝したと聞くだけで、うれしくなりますね。私はゴルフはしませんが、テレビではよくゴルフ大会のことを見ていました。

 

日本人がメジャー大会で優勝するなんて、昔は、夢物語でした。確か、女性ではずいぶん前に、樋口選手が全米プロで優勝したことがあったと記憶します。私はゴルフでは、女性プロゴルファーの中でも樋口さんのファンでした。

 

その樋口さんがメジャーの全米プロで優勝したときは、日本人として誇りに思ったものです。2年前にはまた女性の渋野選手が全英オープンで優勝したときも、驚きました。日本の女性もすごいなと思ったものです。

 

それに対して、男性は青木、尾崎選手などが何度もメジャーにチャレンジしましたが、優勝はできませんでした。私は男性はメジャー大会で優勝するのは無理だとあきらめていました。

 

それが松山選手がメジャー大会で最も有名なマスターズで優勝して、日本中が大騒ぎになるのも無理はありません。私はゴルフはあまり好きではありませんが、学生の頃に、ゴルフのキャディーのアルバイトをしたことがあります。

 

私が住んでいる川西にはたくさんのゴルフ場があったので、アルバイトでよく近くのゴルフ場にキャディーをしに行ったことがあります。私は、ゴルフ場の芝生の上を歩くより、里山の中を歩く方が好きで、ゴルフは経験しないで過ごしてきました。

 

仕事で何度か勧められて、ゴルフの練習をしたことがありますが、いくら練習しても、ゴルフボールが曲がって、まっすぐ飛ばないので、私にはゴルフは合わないと思ってあきらめました。

 

ゴルフといえばパターゴルフをして遊んだことぐらいです。私が通っていた神戸は、ゴルフ発祥の地として、六甲山には日本はじめての国際ゴルフ倶楽部があったと思います。

 

そういえば、私も仕事上何度かゴルフに挑戦しましたが、いくら練習してもうまくならないのであきらめた経緯があります。

今回、松山選手がマスターズに優勝したことで、またゴルフへの関心が高まりました。

 

「松山選手、おめでとうございます!!」

 

 

2021.4.13.(火曜日)午後12時40分

里山 歩樹

【神戸通信】ー「六甲山の思い出」

私は、結婚後しばらく阪急六甲駅の近くでマンションを借りて暮らしていました。

そのため、休みの日はよく家族で六甲山へ出かけました。阪急六甲駅からバスで行くと六甲山には1時間以内で着くことができました。

 

休みの日はよく家族で六甲山へ出かけました。私は神戸の街は、少し行くと、海にも、山にも行くことができるので、大都市でありながらこんな素晴らしい街はないなと思っていました。

 

六甲山に行くと夏でもすずしくて、山頂では牧場や展望台などがあり、家族と一緒に遊ぶには最適でした。山頂にある広場では池でボートに乗って遊んだことがなつかしく思い出されます。六甲山の中の森林公園の中を散歩したこともありました。

 

 六甲山の牧場に行って思い出すのは、牧場でつくっている牛乳とソフトクリームを食べたことですね。六甲山牧場で食べたソフトクリームと牛乳は濃厚で、普段食べたソフトクリームやミルクとは味が違っていました。

 

私は、結婚後しばらく阪急六甲駅の近くでマンションを借りて暮らしていました。そのため、休みの日はよく家族で六甲山へ出かけました。阪急六甲駅からバスで行くと六甲山には1時間以内で着くことができました

 

休みの日はよく家族で六甲山へ出かけました。私は神戸の街は、少し行くと、海にも、山にも行くことができるので、大都市でありながらこんな素晴らしい街はないなと思っていました。

 

六甲山に行くと夏でもすずしくて、山頂では牧場や展望台などがあり、家族と一緒に遊ぶには最適でした。山頂にある広場では池でボートに乗って遊んだことがなつかしく思い出されます。六甲山の中の森林公園の中を散歩したこともありました。

 

 六甲山の牧場に行って思い出すのは、牧場でつくっている牛乳とソフトクリームを食べたことですね。六甲山牧場で食べたソフトクリームと牛乳は濃厚で、普段食べたソフトクリームやミルクとは味が違っていました。

 

私は仕事でも、ときどき六甲山のホテルで会議をしたり、バーベキューをしたことが思い出されます。六甲山はかつては企業の山の家や山荘がありました。私はその中で神戸の企業の山の家や山荘に行って食事をしたりしたことがあります。

 

六甲山は特に夏の時期は避暑地として最高でした。暑い夏でも六甲山に行けば快適でした。六甲山の上から見る夜景は絶景でした。

 

私がいつも残念に思うのは、六甲山という自然ゆたかな山があるのに、神戸市民はあまり六甲山に行かないことですね。企業の山の家や山荘もほとんどなくなり、ホテルも少なくなりました。六甲山でのいろいろな施設が活用されずにあります。

 

私は、神戸は六甲山をもっとうまく活用することが重要だと思います。そのため、神戸市で最近、六甲山をスマートシティに整備しようとしているようですが、その試みに大賛成です。

 

六甲山をワーケーションの拠点として整備していけば、六甲山がかつてのにぎわいを取り戻すと思います。神戸市の活性化のカギは六甲山をどう活用するのかですね。

 

私は以前から、六甲山をぜひ、スイスのような登山鉄道を市街地から六甲山の山の上まで建設してほしいと考えています。

 

「六甲山をもっと活用しましょう!」

 

 

2021.4.12.(月曜日)午前10時15分

里山 歩樹(藪野 正昭)

 

【兵庫通信】ー「川西の川で魚つり」

私は元気なときは、自宅の近くの川西の猪名川に魚つりに出かけました。

私は無趣味ですが、唯一の楽しみが川での魚つりでした。

 

魚つりが好きな人は海づりが好きな人が多いようですが、私は子供の頃から海がこわいので、魚つりは川に行きました。息子と家内はときどき神戸須磨の海づり公園に出かけていました。

 

私が行く猪名川は昔はあゆつりでよく知られていました。シーズンになると、たくさんのつり人があゆつりに来ていました。あゆつりは友づりでした。私のおじもよく川西の猪名川であゆのともづりを楽しんでいました。

 

子供の頃、よくおじがあゆつりをしているところに行って遊んだものです。私の子供の頃は、あゆはおもしろいほどよくつれました。おじは行くと必ず5~6匹のきれいなあゆをつっていました。おじは必ずそのうち3匹ほどを私にくれました。

 

私が家に持って帰ると、母があゆを料理して食べさせてくれました。あゆは香魚と言われているように、いいにおいがする魚でした。あゆの塩焼は大変おいしいと思いました。

 

春になると、私は自転車に乗って、猪名川にふなつりに出かけました。多田神社の前の川ではふなづりをする人がたくさんいました。ふなは銀ぶなです。つれるときは、大きな形のよいふながよくつれました。

 

ときにはこいがつれたこともあります。また、なまずもつれました。残念ながら、今では猪名川ではあゆはつれなくなりましたが、天気のよいときには、子供をはじめたくさんの人が来ていました。

 

私は魚つりを楽しみながら川原で家族とバーベキューをして楽しんだことがあります。川原にすわって食事をしながらよくビールを飲んだものです。川原で飲むビールの味は最高でした。

 

川で魚つりをしていると、多田神社の桜の木の花が満開になっていたことがあります。私は桜の花見をしながら魚つりを楽しんだものです。

 

川で魚をつっていると、ときどきいろいろな鳥が飛んできて、川の中に入って小魚をとっていました。ときには、サギのような大きな鳥が飛んできたこともあります。猪名川では、昔は水がきれいで、よく川で泳いだものです。

 

今年も春本番ですので、猪名川にはたくさんのつり人が魚つりに来ていることでしょう。

この頃は、女性で魚つりをする人が増えているそうですね。

 

春になると猪名川へ魚つりに行ったことがなつかしく思い出されます。

 

 

2021.4.11.(日曜日)午前10時20分

里山 歩樹(藪野 正昭)

 

【神戸通信】ー「真珠の街・神戸」

神戸は古くから真珠の街「パールシティ」として世界的に有名でした。

アコヤ真珠は日本各地で生産されてきましたが、そのアコヤ真珠のほとんどは国際貿易港である神戸で集められました。

 

神戸で選別されて、神戸の貿易業者を通じて世界に輸出されていました。神戸はアコヤ真珠の世界の取引の中心でした。

 

神戸には、国の真珠の検査機関があり、全国で養殖されたアコヤ真珠は神戸の検査所で検査を受けてから、品質のよいものだけを選んで世界に輸出されていました。

 

26年前の大震災までは真珠は各地で生産されてきましたが、そのアコヤ真珠のほとんどは国際貿易港がある神戸港に集められました。神戸で選別されて、神戸の貿易業者を通じて世界に輸出されていました。

 

神戸はアコヤ真珠の世界の取引の中心でした。神戸には国の真珠の検査機関があり、全国で養殖されたアコヤ真珠は神戸の検査所で検査を受けてから、品質のよいものだけを選んで世界に輸出されていました。

 

ところが、大震災で真珠の真珠の取引の中心が香港に移ってしまいました。今では真珠などの宝飾品の取引は香港に移っています。今では神戸の真珠業界も毎年真珠の見本市に出品して、そこで取引をおこなっています。

 

神戸では、真珠をファッション産業のひとつとして振興してきました。神戸には世界的な真珠会社があり、世界からバイヤーが神戸に真珠を求めてやってきていました。神戸の有名な真珠会社としては、田崎真珠が一番有名でした。

 

そのほかにも大月真珠などの真珠会社が神戸の中央区に集積していました。高級な真珠は今でも、神戸の真珠会社がほとんど扱っていると言われています。今でも高級な真珠は神戸に行かないと買えないと言われています。

 

神戸はファッション都市ですが、その中核となっていたのが真珠産業でした。その真珠業界も、今は、コロナで香港に取引に出かけられないので困っているとのことです。

 

テレワークでは真珠の品質を確かめることができないので、取引きが減少しているとのことです。コロナは神戸の真珠業界にも深刻な影響を与えています。

 

私は現役時代から真珠業界の振興に携わってきましたので、神戸の真珠のことを大変気にしています。かつてのように神戸が世界の真珠の取引の中心となることを期待しています。

 

神戸ではかつては、神戸に世界の真珠の検査と取引の中心になるパールセンターを設立する構想がありました。

提案者は田崎真珠の創業者、田崎さんでした。

 

大震災でその構想は実現できませんでしたが、私は今でもワールドパールセンター構想が実現することを願っています。

 

 

2021.4.10.(土曜日)午前10時40分

里山 歩樹(藪野 正昭)

 

【日常通信】ー「入学式」

一昨日、リハビリに行くため車に乗っていると、外の景色をながめていると歩道を小学生と思われる子供が、女性と一緒に歩いていました。よく見ると新しい小学校の制服を着ているようです。

 

背中にはランドセルを背負っていました。小学生は楽しそうな顔をしていました。スタッフの人に聞くと、入学式が今週から始まったと言っていました。小学生がはじめて小学校に行くようです。

 

入学式に出席するために母親と一緒にはじめて学校に行くようでした。子供はうれしくてたまらないような顔をしていました。そばを歩いているお母さんも大変うれしそうな顔をしておられました。

 

私が暮らしている兵庫県の川西では、今週から小学校と中学校の入学式が始まっているようです。中学生のような人も新しい制服を着て、何人かの学生が歩いていました。

 

そういえば、桜の花が咲く頃は入学式があったことを思い出します。私が地元の小学校で入学したときも、校庭の桜の花が満開になっていていたことを思い出しました。

 

今年は桜の開花が早くて、今年の小学校や中学校の入学式のときはすっかり桜の花が散ってしまって、桜の花を見ながら学校へ行くことはできないようです。新入生の小学生や中学生のうれしそうな顔を見ると、見ているこちらも楽しくなりますね。

 

私は子供の頃からはずかしがりやで人見知りをしましたので、入学式などはなやかなところに出るのが苦手でした。このため、入学式のことはほとんど覚えていません。私が覚えているのは、木造の2階建ての校舎があったことです。

 

小学校に入ると、教室には一教室50人近い同級生がいたこともですね。入学式があったことはほとんど覚えていません。入学式の日にはじめて小学校に行ったとき、校門の近くに大きな桜の木があって、その桜が満開になっていたこともです。

 

小学校の校庭が広かったのも記憶に残っています。私の頃は、校舎が木造で、廊下も板の廊下でした。小学校では板の廊下を雑巾でよくそうじをしたことを覚えています。

 

今年も新入生が入学式を迎える時期になりました。

コロナ禍の中でも無事に入学式ができたことを、新入生の子供も、ご両親も喜んでいることでしょう。

 

「入学おめでとう!!」

 

 

2021.4.9.(土曜日)午後12時10分

里山 歩樹(藪野 正昭)

【神戸通信】ー「チューリップ」

 今日は、リハビリの日でした。

いつもの通り車に乗って出かけました。車窓から沿道や公園の桜の木をながめると桜の花はすっかり散っていました。

 

道端のあちこちには、ピンクの桜の花びらが落ちていました。桜の木を注意深くながめると、桜の木に葉っぱが出ていました。少し残っている桜の花のあいだに緑の葉っぱが見えました。

 

私は満開の桜の花を見るのも好きですが、桜の花が散ったあとの葉桜もきれいと思っていました。桜の花が風にふかれて、舞い散る風景も美しいと思いますね。葉桜も美しいと思いました。

 

今日、車の中から沿道の家々の庭をながめると、カラフルな色とりどりの花が咲いていました。車の中からは花の名前はわかりませんが、春になるといろいろな花が咲き乱れて、車の中から見る景色がカラフルで楽しくなってしまいます。

 

そろそろ、桜にかわってつつじやひらどの花が咲くはずです。私はつつじの花が好きで、元気なときは近くの里山に行って、山つつじの花をよくとりに行ったものです。

 

我が家の庭にも、母が植えたつつじの木があります。私は、つつじとひらどの違いがわからなくて、母によくその違いを聞いたことが思い出されます。

 

今日、沿道の家の庭をながめているとチューリップの花が風にふかれながら咲いていました。チューリップの花は白や赤、黄色の大きな花を咲かせていました。

 

チューリップの花は母が好きな花で、母が元気なときは私はよく母に頼まれて園芸店へチューリップの花の球根を買いに行っていました。母は、毎年、庭にある植木鉢やプランターに、たくさんのチューリップの球根を植えて、育てていました。

 

我が家の庭では毎年春になるとカラフルなチューリップが庭一杯に咲いていました。チューリップは今でも、春になると白や黄色、赤などのカラフルな花を咲かせて、私達の目を楽しませてくれます。

 

チューリップといえば神戸の北区では、チューリップを栽培している農家があります。神戸で栽培したチューリップは「神戸チューリップ」と言って、ブランドのチューリップとして関西で販売されています。

 

神戸がチューリップの産地であることを知っている人は少ないと思いますが、神戸では、春になるとインフィオラータなどのチューリップのイベントが開催されています。

 

今年もチューリップがきれいな季節になりました。

 

皆さんもぜひ、神戸のチューリップを飾ってください。

 

 

2021.4.8.(木曜日)午後12時45分

里山 歩樹(藪野 正昭)