神戸の百貨店といえば、以前はそごう神戸店が地域一番館として知られていました。
私は長年神戸に勤めていましたが、通勤の行き帰りには、必ずそごう神戸店の前を通って事務所に行っていました。
そごう神戸店は神戸経済が元気なときはそごうグループの中で稼ぎ頭で、そごう神戸店はドル箱として知られていました。神戸店一店で、最盛期には1千億円近い売り上げをあげていました。
そごうは大阪に本社がある百貨店ですが、そごうの中核店舗はそごう神戸店でした。そごう神戸店はそごうの西日本全体の店舗を管理していました。そごうは神戸店で大きく発展した百貨店です。
私は現役時代は百貨店の出店調整を担当していましたので、神戸市内の百貨店の動向についてはすべて関わってきました。その当時はそごう神戸店が他の百貨店の中で、ずば抜けて大きい店舗でした。
そのそごうは25年前の大震災後は、震災で大打撃を受けてから長期停滞の道をたどることになりました。代わって発展してきたのが大丸神戸店です。
大丸も大震災で店舗が大きな被害を受けたので、思い切って、新しい店舗を今のところに新築することになりました。そごう神戸店は店舗の改装だけでしたが、大丸は新しい店舗を建設することを決定しました。
新しい店舗は神戸らしいおしゃれな百貨店として高い評価を得ました。それをきっかけに、大丸は、震災後売り上げを伸ばし、今では大丸神戸店は神戸の地域一番店としての位置を築くようになりました。
大丸神戸店の売り上げはいまやそごう百貨店の売り上げを大きく上回り、年1,000億を誇る店舗になっています。今では神戸の百貨店といえば大丸神戸店になりました。
そのため、そごう神戸店は昨年阪急百貨店として、再生することになりました。以前のそごうの勢いを見てきた私には、あのそごうが退店するなんて信じられませんでした。この間の神戸経済の停滞が百貨店にも大きな影響を与えたと考えます。
神戸経済は大震災後は約25年間、失われた25年と言われて、長期停滞の時代を続けてきました。百貨店経営がうまくいかないのは、それだけ神戸経済の集客力が低下したと言えましょう。
神戸の都心商業は、かつては芦屋や西宮から高所得者を神戸の店に集めて、発展してきましたが、かつて神戸商業の上得意であった芦屋や西宮の消費者は今では多くが大阪、梅田に流れています。
この間の商業環境の変化は誠に激しいものがありました。神戸の商業は、大阪や、京都などの都市間競争に敗れて低迷を続けてきました。
そのそごうについては、もうひとつの神戸の店舗、そごう西神店も、この秋には退店することになりました。その結果、神戸の街からはかつての中核百貨店、「そごう」の店舗がなくなることになります。
誠に厳しい時代の移り変わりと感じます。そごうが神戸の街から消えることは、今の神戸経済の状況を示していると考えます。
コロナ不況の後の神戸の街には新しい小売業をどのように育てていくか。
神戸経済の活性化にとっては、避けては通れない大きな課題ですね。
コロナ後の新しい小売商業のモデルを、神戸の街から発信していきたいと考えます。
「神戸の小売業、ガンバレ!!」
2020.8.20.(木曜日)午後1時50分
里山 歩樹 (藪野 正昭)