昨日、かつての部下からメールがありました。
メールではこの3月に定年退職するとありました。私が採用面接をした職員がはや定年を迎えたとのこと。
今から36年前に入社してきた職員でした。入ってきた時若い彼もはや60才になったとのことです。私の記憶ではいつまでも若い彼でしたが、いつのまにか60才になったと聞くと不思議な感じがしますね。
私が採用面接をして彼が60才の定年を迎えたとは、私も年をとったなーとあらためて実感しますね。今は定年後も65才までは再雇用されて働くことができますが、彼は再雇用されないでこの3月をもって退職するとのことです。
同じ年に採用したもう一人の職員は、再雇用されて引き続き同じ職場で働くと言ってきました。人によってこれからの道はまちまちですね。私もあらためて現役のときのことを思い出しました。
私は昭和45年4月に神戸の経済団体に就職して、64才まで42年間働いてきました。この間本当にいろいろなことがありました。楽しいこと、つらいこと、悲しいことまで本当にいろいろありました。
42年間のサラリーマン生活を考えると、私は恵まれていたと思います。42年の間にはいろいろな仕事をすることができました。海外にもいろいろな国に出かけることができました。
その間、阪神淡路大震災など苦しい仕事もしたことがありますが、今思えば私は本当にいいろいろな仕事をすることができました。私は仕事に恵まれていました。
経済団体の職員でないと経験できない、様々な仕事を経験することができました。もっとも記憶にあるのは、神戸空港の建設、テーマパークの建設構想ですね。
また一方では、神戸を舞台にした映画づくりやファッションショーの開催など、入社したときには思いもしなかった仕事をすることができました。オリックスや阪神の優勝パレードをしたこともなつかしい思い出ですね。
私は現役時代は仕事一筋で、朝早く起きて2時間かけて神戸の職場に行って夜遅くまで働いて、帰宅するのは深夜の日が続きました。
そのため、現役時代は家族サービスはまったくできなくて、家内と子供たちにはさびしい思いをさせて悪かったと今でも思っています。私が40年以上安心して仕事に専念することができたのも、私を支えてくれた家内と子供たちのおかげです。
家内と子供たちの支えがあったから私は40年以上も働くことができました。家内と子供にはいくら感謝しても感謝しきれません。家内と子供には本当に感謝しています。
私は定年してから、いつも考えるのは、日本では定年が早すぎると思います。60才になっても若い人以上の能力と意欲のある人がたくさんいます。
そのような意欲と能力のある人が60才になっただけで仕事から外されるのはおかしいと思います。社会の損失だと思います。60才の定年は、私は廃止すべきだと思います。
定年をなくして、意欲と能力のある人はいつまでも働くことができる社会をつくるべきだと思います。
日本社会は高齢者をもっと大切にすべきですね。
「ガンバレ!高齢者!」
2021.3.13.(土曜日)午後12時25分
里山 歩樹(藪野 正昭)