ひょうご☆ふるさと~風だより。

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【兵庫通信】ー「ふるさと川西の思い出」

私は、川西の田舎で生まれ育ちました。

私が子供の頃の川西は、あるのは野山と川、そして、田畑ばかりで、緑ゆたかな自然に恵まれた土地でした。

 

私は、子供の頃は近くの野山や田畑、川の中に出かけて、毎日自然の中でのびのびと遊んでいました。私は友人にはよく、オレは川西でいのししと一緒に走った自然児だと言って自慢していました。

 

私は川西の広々とした自然の中で育ってきましたので、社会人になって、神戸の大都会に行くと、ジャングルビルの建物がいっぱいのごみごみした街中に行くと息がつまるようで大変疲れました。

 

私は一時大都会神戸で暮らしていました。そのときはせまいコンクリートのマンションに暮らしていましたが、私は、マンションの中で暮らすと息がつまるように感じたものです。

 

ふるさと川西の家では、どの家でも、家は広く、いつも開けっぱなしで、いつでもここちよい風が家の中を流れていました。家の周りには庭や畑がどこの家でもあり、広々とした空間がありました。

 

私はそのような田舎の中で育ってきましたので、それが普通だと思っていました。都会に出かけてコンクリートのマンションの中に入ると息がつまるように感じたものです。

 

今ではマンションで暮らすのが普通になっていますが、私はその都会の生活があまり向いていないように思いました。ふるさとは都会のように何もありませんが、私は広々と広がる自然ゆたかな空間が一番大事な財産のように考えていました。

 

コロナであらためて、田舎の大切さが再認識されています。時代は都市から田舎の時代に変わりつつあります。緑ゆたかな自然の大切さが、コロナであらためて認識させてくれました。

 

私は、今でも、田舎の川西で育ったことを誇りに思っています。川西もどこの都市も同じように人口が減っているようですが、私は必ず再び自然ゆたかな川西のよさが再認識されて、川西に戻ってくる人が増えると期待しています。

 

川西は今では大きな住宅団地が開発されていますが、それでも、今でも子供の頃のような野山や川、畑、池などの自然が残っています。

川西では、日本一美しいと言われる里山が今もあります。

 

今日は私が子供の頃に育ったふるさと川西のことを題材に書きました。

 

 

2021.5.15.(土曜日)午前10時30分

里山 歩樹(藪野 正昭)